Saturday, July 17, 2004

○<横から来る情報>と<上から来る情報>。

○<横から来る情報>と<上から来る情報>。

久しぶりに茂木健一郎さんの<脳とこころを考える>機会に接した。
茂木さん独自に提示される<脳科学と美意識>の橋掛けをされるお話は、いつでも示唆に富んだ機知に富んでいて、昨夜も、情報氾濫の時代にあって、スカの情報と価値ある情報を脳は判断できなくなっていて悲鳴をあげているという重い問題事態について強烈に指し示しされて、これまでにも実に感じていたことなので、興味深くお話をお伺いした。

茂木さんは、小林秀雄が、そのベルグソン論について著した『感想』のなかで語る<おっかさんの蛍>の感銘について、よく触れられる。昨夜は、そのような目に見えないものへの<仮想>の働きについてお話された。私達の<仮想>にこそ、今の、スカ情報氾濫時代を乗りこえるライフセーバーがあるという。

そして、以前、松岡正剛さんと茂木さんの対談の際に、松岡さんが、「横から来る情報」と「上から来る情報」の差異について何気なく一言言われたけれど、その重要性について語られたことは見のがせないと、ずっと気になっていらしたことを触れられた。なるほどと感銘を受けた。要を見のがさない幸運がある。

「横から来る情報」とは何であろうか?おそらくは、水平志向型で、横並びの情報なのであって、生活する上で、日々、他を見回すことの重要性から生じる情報価値だと思う。IT情報などは、まさしく、この横からどんどん連なってくる情報体系だと実感する。それは地球の表面上を駆け巡り、今ここにやってくる情報群だ。

「上から来る情報」とは何であろうか?垂直志向型の情報だと考えるならば、明らかに志しを持ち得ないと、そこにアクセスすることが叶わない高みからの情報のように考えることができると思う。それは、幾度となく繰り返す水平型の思考を、ふっと超えたところに振り降りてくる、まさに直覚的な情報価値ではないか。そこには、知ることのただしいたたずまいが整っていないと、触れることのできない、なかなかに有難い情報のような気がする。それは、地球上の表面を這うような情報とは、一線を画した、天からの贈り物ともいうべき<天啓>のようなものだろうか。昔から人は、そのようなことを<ひらめき>と呼んだし、そのようなインスピレーションこそが、私達の文明を築いてきてくれた。

生きる上で、その両方の情報の質に、敏感になることが必要なのだと思う。
両方の情報の両義を見て取る必要がある。そして、どちらも善悪があるでなし、その双方が私達には必要だが、あらゆる情報に、身をまかせながら、やはり良きもの、優れしもの、意義あるものに、心や耳目を澄ませ、日々の成長を遂げたい。今の情報をより豊かに生成して、今は未だ知り得ていない、未知のその先に進みたい。

空の空。
そこにはあらゆる未知なる可能性が秘められている。
目の前だけではなく、水平・垂直の両義の360度の眺望は、私達に停滞したり偏ったり、うがったりしてしまうものの見方を救いだしてくれることになると確信する

そのようなことを含んだような好きなポエムがあるので、ここにしるしておきたい。

私はもう外部の物事を変えようとはしません。
それは皆、私自身の反映にすぎないのですから。
私の内にある「ものの見方」を変えると、
その新しくあらわれる態度によって、
長い間かすんでいて見えなかった美しさを
外のものが見せてくれます。
内なるヴィジョンに集中すると、
外に見えるものが変化します。
私は生命の勇壮さに調和し、
宇宙の完全な秩序と一致している自分を発見するのです。

 -人類学者 ラルフ・ブラム


7/17 11:11

Thursday, July 15, 2004

○「自信とは何ですか?」「将来の燭光を見た時のこころの姿です。」

○「自信とは何ですか?」「将来の燭光を見た時のこころの姿です。」

ふっと、昔にとったそのようなメモが、どうしたタイミングからか、手帳からこぼれ落ちた。
『もの思う葦』太宰治の一節だ。

「自信」があるとは、現在の自分に「燭光」を見い出していることではないのか?否、太宰治は、それを否定して「現在の?」「それは使いものになりません。」と甘い自己評価を否定する。自信とは、あくまでも未来のいつの日かの自分のあるべき姿に「燭光」を見い出したときに湧くものであるという。

そのようなことが書いてあった新聞記事からの転記メモであったと思うけれど、まさしく共感を思う。太宰は、その人生において自信を得られたのであったかどうかといえば、理想が強すぎてもいけないのだろうということを考えさせられるが。このところ、仕事で『ヴィジョナリーコンサルティング』というプログラムを開発している。「自らがかくありたい」と強く思い願う姿を、どのようにしたらよりよく実現できるだろうか。その思いが、やむにやまれぬ魅力的な憧れを伴う時、人の能力は最大発揮をするように仕向けられると考える。そして、そのプロセスに「燭光」に辿り着くための「自己尊重」の重要性を含ませている。

いまのところ、数社の企業に提供した。業態も異なる多様な方々が、終了後、いずれも、晴れやかな表情で変容した姿を喜びあってくださったのは嬉しかった。「自信が得られました。」と言っていただく。「仕事のなかに、仕事仲間のなかに、愛すべきことと感謝があることがわかりました。自分自身のできるちいさなところからでも、すこしでもよりよい未来のために、一歩踏み出します。」と振り返っていただけたのは、その人の根源にそのような感受する力とセンスがあるからだろう。そのような機会に立ち会えることが、この仕事の喜びだ。

しかし、更には、企業のトレーニングとして実施させていただいたからには、その後のパフォーマンスが問われることになる。その結果は、今後の現場からの皆様からのフィードバックによって実証データが得られるかどうかが勝負どころでもある。皆様の仕事に対する愛情や尊い自己実現への動機が、幸運をもたらしてくださることを願う。

そういえば、2年ほど前に、ART ZOIDの『メトロポリス』を横浜に見に行った時のこと。繰り返し、映写されるモノクロ映像の字幕が語っていたのを思い出した。『頭脳と手の仲介者は心でなくてはならぬ。』『頭脳と手の仲介者は心でなくてはならぬ。』・・・確かに、頭脳と手は仲介者を必要とする。頭と手は理解しあいたいと思っている。私達が何かを脳に入力し、手先の振舞いが何かを出力する。そこに何かしらのパフォーマンスが生まれる。その仲介者が、どのような心であるかによって、為されることはまったく異なる。

何を超えても愛するという仲介者の存在を確かめたいものだ。そうすれば、その振舞いは、どのようなものにも、常に、優しく思いやりに満ちたものになるだろう。そのようなことの積み重ねが、「将来の燭光」を見い出すことにもなるはずだ。

自信が無いということは、愛がないことか?自信がないということは、恐れがあることのように思える。周囲の人に手を差し伸べることのできない人々の悲しみをマザー・テレサは『愛の反対は憎しみでは無い。愛の反対は無関心である。』と言い残されたけれど、『愛の反対は、憎しみでは無い。自らが信じることを許せない恐れである。』ということも、あるのだと思う。人心の恐れを溶かす世の中になれば、大きく人類は進化することになるだろう。しかし、世の中の古典的パラダイムには、人心の恐れを活用することによってパフォーマンスを生み出す仕掛けをあやつる黒い大魔王が居座る。そうして不安な大人が次世代の子どもに不安の影響を与えることが、不安な世の中の文化遺伝子を伝播する。

不安を脇におき、信じることの確信を尋ねたい。
安心して相互尊重できる人類の進化まで、その道程は長く長く切ないかもしれないけれど。


7/15 11:55

Wednesday, July 14, 2004

○<言葉の力>について、考える。

○<言葉の力>について、考える。

いま、この4月からスタートしたラジオNIKKEI『ティーンズトゥルーライフ』という番組のパーソナリティを担当させていただいている。実力派声優の入江崇史さんとご一緒させていただく収録では、毎回、<人の言葉の響き>の奥深さに感じ入る。

ラジオドラマが番組中に挿入されていて、その際には、入江さんは、何種というパーソナリティを見事に演じきってしまわれる。マイクをはさんで向かい合わせに座っているスタジオ内でも、その匠の声の表情・息遣いに触れ、これまでの入江さんが歩んでこられたはずの真摯な役者精神を感受させていただくのだが、更には、そのオンエア録音のテープを繰り返し聴く程に、そこに立ち上がるリアルな人物像の描かれ方に、一層の驚きが覚える。入江さんは、瞬間瞬間に、そこに存在する人物像とご自身を逞しい想像力のもとに重ねあわせてしまってそのものになっているのだ。そこには、とっくに計算を超えた<無我>から来る、永年のご経験から来る自動回路が巡っていることがわかるので、そのようなある種の<超越>を獲得した人生の達人とご一緒させていただき、感動と共に学べる機会は、ほんとうに幸運だと思う。

その番組は、毎回<偉人>のメッセージを紹介したり、生きる力を与えてくれるポエムを読ませていただく。どのエピソードも作家さんの愛情こもる選択眼から、優れた叡智からくるコメントに溢れている原稿を与えていただくことも、なんと幸せなことだろう。

なかでも、ここに刻んでおきたい何編かがある。このような言葉の力は、今、心の中に価値ある人生の芽生えを育むティーンズに届くことは尊いことだが、更に、そのティーンズの数倍長生きしてきた大人にとってこそ、心が揺らめくものでもある。現代社会の日々に疲れて乾いた心に、水をふくませるような力があるものだ。「ああ、そうだった」という勇気を与えられる気がするものだ。

【そんなことできない】

そんなことできないと 誰かが言った。
それでも男は、笑って答えた。「そうかもしれない」
ところが彼は、やってみないうちから
できないなどと言う人じゃない。
そしてその男は、笑顔の消えないうちに、すぐさまそれに取り組んだ。
心の中に不安があっても、表には出さない。
その人は、できないと言われた仕事に取り組みながら、
歌を歌いはじめて、とうとう仕事をやり遂げてしまった。

そんなことできないと 誰かが言った。
これまで誰もやった人はいないと。
それでも彼は 上着を脱いで帽子を取った。
あごを上げて にっこりと笑い、
アッという間に始めてしまった。
何の疑いも、理屈もはさまずに。
その人は、できないと言われた仕事に取り組みながら、
歌を歌いだし、とうとう仕事をやり遂げてしまった。

そんなことできないと 言う人は山ほどいる。
必ず失敗すると言い切る人も、
行く手に待っている危ない箇所を、
いちいち挙げて教える人も、これまた山ほどいるけれど、
にっこり笑ってとりかかろう。
上着を脱いで始めよう。
できないと言われた仕事に取り組みながら、
歌を歌って、やり遂げよう。

 〜アメリカの詩人 エドガーゲストのポエムより〜

このような詩の朗読に接して、ふっと涙ぐんでしまうのは、これまでの人生におけるさまざまな出来事の記憶が去来するからかしら。

まだ、これからさまざまな喜怒哀楽の人生体験をひかえているというティーンズの人達には、どうかおおいに、その人生を駆け抜けて、喜怒哀楽、傷付くこともあるだろう、喜び飛び跳ねたくなるようなこともあるだろう。どうか内なる魂を成長させるような、常に希望を胸に、リアルな体験で人生を満たしてほしいと実感する。

人生、そんなに捨てたものじゃない。

7/14 11:15

Monday, July 12, 2004

○<晦日>と<朔>・<あちら>と<こちら>・<神>と<人>・つなぐもの。

○<晦日>と<朔>・<あちら>と<こちら>・<神>と<人>・つなぐもの。

先月は晦日(みそか)と朔(ついたち)をはさんで伊勢の内宮に起居していた。この頃の日本は、お正月でもお飾りをしなくなり、お雑煮なども手掛けられない昨今だけれど、ここには、整斉とした文化がそこここに宿っている。日本の美しいしきたりが、まだ、きちんと伊勢の町中には息づいていて、毎晦日の夜には、寄席が開かれ、近隣の人々が集い、顔を合わせて笑いあい、その月の無事を確かめあい喜びあい、締めくくる。そして、翌朝の明け方には、内宮のお膝元、おかげ横町に朝市が奉じられ、遠方からも人々が集い、土地の季節の恵みをいただく。

おなじみ赤福本店にも、季節にあった朔餅が用意される。聴くところによると、その福餅に与るために、何でも午前3時すぎから、その整理券を求めて、人々は長蛇の列をつくるそうだ。日本人のかたじけなさこそが、そのような丁寧なふるまいの姿勢を生むのかとも思う。私は午前5時に支度をしてでかけた。早朝の清々しい空気のなかに、季節柄、燕が鵯(ひよどり)の世話に忙しい。軒先の巣作りの見事さにも感嘆するが、その巣の中でぴーちくぱーちくと小さなひし形の口を開いて待つ子に、ミミズなどを見つけて運び滋養を口移しする親の姿にも、ひときわの風情を思い、思わずその前に足をとめてしまう。

かつて『世界祝祭博覧会』という仕事でご当地盟主のミキモトさんが出典されたパールドームという文化装置のアテンドスタッフのメンバー教育をさせていただいた。その時に契機を授かり、伊勢内宮に幾度となく訪れるようになったが、そこに、今まで一度も『失望』というものを覚えたことはない。というよりも、常にそこには神聖な『発見』と『啓示』が用意されている。

その昔、倭姫(やまとひめ)という才極まる斎宮が、天照大御神を背に行脚をして、風光明美な景観に恵まれ、山の幸・海の幸豊かなうまし国・伊勢の五十鈴川のほとりに寛ぎお鎮まりいただくという定めをこしらえたという。神様と同行二人して日本の中枢となるところをさまざまあたりながら、<場>の力に全身全霊を傾けて<いま・ここ>というふさわしい場所をつきとめたこともすばらしいが、何より、倭姫は、現代でいうところのスーパープロデューサーとしてのはたらきを後世に伝える破格のヴィジョナリーだった。伊勢内宮に、それからの永久に守りぬかれるべき装置と仕掛け−神に対する<ふるまい>・<しつらい>・<もてなし>を創造し、そこに必須の<ルール>約束・<ロール>役割・<ツール>道具を厳格に規定した。その<さだめ>は、いまもなお、正しく受け継がれている。つまり、そこに入れば、時がうつろおうとも、いつでもそこに入れば、神代の時代の空間に神妙にコンタクトすることができるように普遍の仕掛けを講じたのだった。思えば、神との邂逅を許す場所とはそのようなものであるはずだ。神に仕えるということの尊厳から、その規定は一貫して遵守される心理的構造をもたらし、「けっしておかしてはならないルール」をそのままに、きっちりと今も神代をこの世に伝えている。だから、感じる人が感じるとするならば、あの深淵なる神々が宿る杜には、私達の文化遺伝子の深い根源に息づいているであろう神代還りのさまざまなゲートウェイを、そこここに感受するはずなのだ。叡智の宝庫であり、いわば、現代という<此岸>と神聖なる<彼岸>とを行き来できるタイムマシーンなのだ。

さて、重ねて1ヶ月後の今月の晦日と朔は、ハワイ諸島の最北に位置するガーデンアイランド<カウアイ島>で迎えた。ちょうど満月を迎える暦を狙って、神秘的なカウアイの映像を撮影することが目的だった。アンシエントなハワイの伝説によると、カウアイ島には、異星からやってきたといわれるメネフネが、さまざまな文化装置をつくったのだといわれる。その人達は、かわいらしい小人族なのだそうで、カウアイのけわしい山々が連なる中に忽然と作り出したといわれる貯水池が、今もなお残っているし、語り継がれる王家の道に現存する古代祭祀のヘイアウ(ハワイ語で神社の意味)は、メネフネが積み上げたといわれる美しい古代石の石垣に囲まれる。その<つくり>は、まったく伊勢神宮内宮を彷佛とさせるものであって、倭姫とメネフネは、遠い親戚筋にあたるのではないかしらと思うほどだ。

広い平地を垣根や石垣で結界して、<こちら>と<あちら>の際をあきらかにして、その中に、神が振り降りるように、来臨装置をつくりだしている。ヘイアウには、かつて、巨大な祭祀建造物がその敷地のなかにあったようなのだが、いまは、ただ、見晴らす平地の左右に二本の木が植えられてそよそよと風に吹かれているのみだ。あとは、そこに訪れる鳥や虫が遊び、緑の草々が自然に生成している、ひろびろとした自然なる空地だ。考えてみれば、その二本の木は、日本の神道でいわれる<依代(よりしろ)>であることを思わせる。神は、天空から降臨し、その木に宿り、エネルギーを大地にもたらす。ヘイアウに近づくと、伊勢内宮と同様の清澄なる空気感に包まれるから不思議だ。

メネフネ伝説は、今もなお、この石垣を神聖なるものと崇めるように教え、人は、その石垣に触れてはならぬと伝える。晦日の夜中には、どこからともなく、異星からメネフネが来臨し、その石垣にやってきて、賑やかな神々の語らいの宴が繰り広げられるというのだ。どのような宴会が、そこで開かれるのかは知らないが、何だか楽し気である。その石垣には、土地の人々の神聖な畏怖が込められている。椰子の葉で包まれた捧げものが、そっと石のかげに供えられているのを見つけることもできる。

日本では、神無月に、出雲の大社に神々が集い賑やかに語らいあうというが、その建造物の威容には圧倒される。メネフネの小さな神々が集うのは、このようなささやかなる石垣でもよろしいのかと思うと、何となく、畏怖ならぬ親近感が湧いてくるものでもある。などと考えながら、美しいの満月を撮影しようと午前3時すぎのヘイアウに出かけてカメラをまわしていたら、振り返る遠く数十キロ先に、オレンジ色の光源が、じっと留まっている様子がみえる。暗闇で遠すぎて、ビデオで狙っても映像には写りきれないが、よくみていると、時速1kmぐらいの微妙な速度感で、左右にゆったりと、いったりきたりするのだ。一時間ばかり、ずっと目を凝らして眺めていた。目が慣れてくると、闇夜の中にも、木々のシルエットがみえてくるので、その形体の位置と比較しながら眺めていても、明らかにゆっくりゆっくりと左右にいったりきたり、うつろうように移動している。観察者のこちらの身体のぶれで景色が揺れている程度の事では決して無い。少しは科学的な思考も持ち合わせて、観察したけれど、明らかに妙な光だ。そして、その後、だんだんに光が小さくなって、ふううっと消え入った。遠くに飛来していってしまったのか、時空のはざまに吸収されていったのか。最初は飛行機かと思ったり、お星様なのか、人為的な光なのかしらなどと思ったが、どう考えても、そこは、海上だ。昼間に同じ方向を改めて、確認したけれど、やはりそこは、海の上だった。もしかして、メネフネさん達が、その日、石垣に来臨しようとしていたのに、お邪魔してしまったのかしらん。ごめんなさい。

そして、実は、翌朝も、また、そのオレンジ色の光は眼前にあらわれた。今度は、別の地点だった。海のさざ波と共に、明け方の静寂の撮影を行おうと、やはり午前3時過ぎ頃に、今度は、プリンスヴィルという入江の波打ち際に出かけた時のことだった。車から機材をおろして浜辺に向かう時になって、目のはしにオレンジ色の鮮やかな光源が見える。やはり、数キロ先の上空だけれど、今度はあまり動かずに、光をほわーっと強めたり弱めたりしていて、隣にいたスタッフも同様に、見ている。「アレ?」「そう、アレ。」お互いに、頷いてカメラを据えて、撮ろうと思った瞬間、その光は、しゅーっと消滅した。

カウアイには、何か謎があるように思える。あえて、その神秘を包み隠すようにして天然樹木や花々に囲まれるようガーデンアイランドの様相を守り抜いていて、中途半端な現代文化が生み出した人工物を許さないところがあるが、実は、その奥に、高度で未知の秘密基地が潜んでいるとしても、不思議ではないような気がする。そういえば、映画『ジュラシック・パーク』の撮影基地も、カウアイだったという。だからといって、その撮影跡地が、賑やかな遊園地になるようなことは、この島では、決してありえない。

思えば、アンシエントなヘイアウがそのまま素朴に、自然の中に厚く信仰され、野生の鶏や鳥達がのびのびと羽を広げ、朝になれば、コケコッコーと我れ先に声を上げ、車道をところせましと、鳥の家族が我がもの顔に行進できるような世界。豊かな美しい海や山がそこに現存し、日がのぼり日が沈む夢のような波打ち際の美しいモーメントを何の人工物もなく、ひたすら堪能し続けられるというシステムを保ち続けられる、この環境こそが、現代にあっては、高度な知性のあらわれなのではないかと感じる。

日本では、伊勢内宮のような森に包まれた高度な知性が集約された時空間が希有なものになりつつあるが、
そのかたじけなさに、また、魂があらわれゆく希有な体験が、生み出されている。
カウアイは、島そのものに、そのような魂が息づいている。何が飛来し来臨したとしても、不思議は無い。

この時期、私自身の人生においても、とても要となる出来事が連綿としている。誰にでもそのような時分が音づれるのだと思う。このような時に、日々の有り様を、こうして忘れ得ぬものとして刻んでおくことは、後の人生を想像してみても、今は想像もつかないけれど、何か大切なコアに繋がることのように実感するので、此岸(here)と彼岸(there)を自在に移動する魂に大切なものたちを、記してとどめておこうと、あらためて、思う。日々、何気ないことでも、ただ流されることなく。小さなものことに耳目を澄まして、こころの動きを追いつつ。今の世の便利なITの道具をつかいながら。

7/12 10:10

Sunday, July 11, 2004

○存在と消失。

○存在と消失。

知人のBlogに、とある大好きなコメントのくだりがあった。心優しく端正な文章で、本質をわきまえた丁寧な論調に心ひかれていた。だからときどき、覗きにでかけては、そのコメントに触れて、こっそり、元気と勇気を分けてもらっていた。

ところが、時と共に、それがだんだんに消え行くゆくものだとは、知らなかった。

そこに行けば、いつでもそこに、必ず<在る>と思っていたものが、ある日、突然、無くなっている。
その不意打ちの<喪失感>。
大切な宝物をどこかに落としてきてしまったときのような<焦燥>。
しかも、その人そのものまでもが何かが変わりゆくような<不安>。
もちろん、勝手なアクセスで一方的な思い込みであるのだけれど、それはとてもIT上の情報とのつきあいにおいて、看過できない示唆的な出来事だ。

IT上にしっかりと刻まれているはずのデジタルメッセージが、もしも、ある朝、突如として、すべてが白紙になっていたなら、私達は、その日、どうなってしまうだろう?

過去からのすべての履歴・記憶を、IT上に載せて依存している私達の電脳現象について、<絶対>ということがない<うつろい>について、考えさせられた。

うつは<空>であり、世の現象は、いつも<うつろい>ゆくものだ。養老孟司さんのお話を以前伺った時に、そこに記載されていつまでも留まっている情報は死んだ情報だとおっしゃったのが心に残っている。生死のダイナミズムと共に、あらゆる情報は方丈記のごとく、とどまるところを知らない。と、了解していても、のぞめば、どこにでも<そこ>にアクセスできるというITの利便性に慣れっこになっていたことを振り返り、なんとも、せつなさを思う。アクセスできるものとできないものが存在する、世の習いに鈍感になっていた。

あたりまえのことをあたりまえのように思っていることのなかにこそ、ほんとうは、じっくりと見つめてみなくてはならないこと、深い感謝を思わなくてはならないこと、何か、できることの方策などを備えておくような知恵が必要だった。

電脳世界のことなのだからこそ、せめて、コピー&ペーストで手元に引き寄せておけばよかったのに。そんな知恵も今になって、ようやく思いつくあとのまつり。


7/11 11:58