◯桜咲く。
昨日は株式会社日立製作所様の入社式だった。
1996年から毎年その司会進行をご依頼いただき
今年で13年目になる。
毎年この日は、桜が満開で、風に舞う花吹雪が美しい。
今年はどうしても私自身のスケジュールが叶わず
なにより信頼できるMC仲間の横井弘海さんにお願いした。
横井さんとのおつきあいも思えば20年来。
ほんとうにいろいろ大切な場面でお世話になっている。
東の空に輝くばかりの朝日の光を受けて
芝の郵便貯金ホール、メルパルクに7時に向かう。
朝一番のリハーサルにだけ立ち会いさせていただいた。
いつもは舞台上の司会台につく役割であるところ
客席から舞台全体を眺望する感覚はあらためて新鮮で
横井さんの桜色のスーツと笑顔が
壇上正面の大画面に華やいで映し出されていた。
思えば一番最初につとめさせていただいたのは
浦安のMKホールだった。
ホールの一階席にも二階席にも入社される方々が
満員で圧巻だったのを覚えている。
ステージ上のMCには正面からスポットライトをあてていただく。
だからその光のなかではなかなか正面の暗い客席側の表情は
目を凝らさないとみえない。
でも何年も仕事を重ねるとよくしたもので
客席の雰囲気はだいたい肌で感じるようになる。
たくさん居並ぶお客様席の一人一人の意識も
だれそれとなく何となく感じられるようになるものだ。
ところでその日、どうも気になるスポットがあった。
ふと司会台から客席を見ると最前席の新入社員の方が
どーんと足をひろげて腕組みをしてぐうぐう眠っている。
がーん。せっかくの人生の節目を喜ぶお祝いの儀式なのに。
なぜ彼はこんな人生の大切な記念すべき重要なひとときに
眠るのか?目を醒まして!!
そのような訳で、大会場の熱気のなか粛々と式典は進行するが
どうしたらその場にいらっしゃる方々の集中を途切らせずに
アテンションして眠らせないようにできるのか、それでいて
どのようにして品格ある式典全体の空気感を保つことができるのか、
そのようなことを考えながらMCの一言一言を放ったことが
昨日のことのように思い出される。
大人数のなかでも一人一人の存在が尊く重要であること。
一人一人の異なる素養ひとつひとつがなくてはならない
ものであって、その一見小さな力にみえることこそが
結び合わさって大きな企業を動かす原動力になるものだ。
そのようなことをこころにとめながら
お預かりした台本の一言一言に
壇上の方々のご紹介や祝辞や企業価値や
活動内容などの意義と未来価値を思いながら
大切に紡がせていただかなくてはならない。
振り返えれば
私自身、ほんとうにたくさんの多様なお仕事の現場の
MC(Master of Ceremonies)を仰せつかった。
そこで思うのは、長い間ずっとお世話になっている仕事でも
普遍で不変の価値を毎度舞台上で感じさせていただく感動である。
舞台には、総合プロデューサーの指示のもとに
進行キューを与えてくださるディレクター
そして音響さん・照明さん・カメラさん
舞台造作をされる美術さん
そしてたくさんのアシスタントの方々がいらっしゃる。
こうしてたくさんの人力の尽力が積み重ねられて
それぞれが有機的にきびきびと動きを連携し
一日の大切な情報を結ぶ人と人の出会いの儀礼が
とりおこなわれる。
日立製作所様の式典も
MKホールから郵便貯金ホールや中野サンプラザへと
年々会場が移った。
その度毎にホールご担当者の気質やチームワーク、
舞台仕事の徹底した約束事などを舞台袖で五感で
会得させていただいた。
もともと舞台はテレビよりも規律が厳しい世界だったと聞く。
だから皆さんはとても礼儀正しく仕事の進め方も正確で厳格だ。
そのようなプロフェッショナルな空気感のなかに入らせていただくと
背筋がすっと伸びて心地よい。
その緊張感は、なぜならば常に一回性のチャンスしか与えられない
現場だからなのである。舞台本番は泣いても笑ってもいつでも
後にも先にもただ一回のみの勝負だからである。
編集技は用意されない。
そのようななかで20年ほども鍛えていただいたことの恩恵は深い。
このような一回勝負の現場の仕事にずいぶん起用していただき
まちがいが許されないプロの仕事現場でさまざまな勝負どころを
見聞する現場に育てていただいた。
しかもMCというのはあらゆるスタッフがその精華を注いだ
現場の最終段階を担うという役どころなのである。
そのような厳しさを多くのプロデューサーにご指導いただいて
今に至る。ほんとうにありがとうございます。
プロフェッショナルというのは、今何か起きたときに最善の
状況判断ができるものでなくてはならないということ。
そのためには多くのケーススタディを経験的にもっていなくては
ならないということ。
そしてその現場をよりよくするためには事前打ち合わせの場から
経験上の知見を交えて本番を想定し未然にリスクはとりのぞく
力があるということ。
さらにはその本番がよりよくなるためにリハーサルぎりぎりまで
よりよくなるための努力を惜しまずにその時点での最高度の力を
注ぐことができるものであること。
しかもそれは一人だけで為し得ることではないので周囲のチームの
おひとりおひとりとよりよい関係と情報共有を逃すことなく
その細部と全体像をつかんだうえで常にその場がよりよくなる
現場の原動力にもなれるということ。常にあきらめないでスタッフ
とよりよい関係の中でよりよくなる情報を探り当てるということ。
そのようなことを
永年の現場のなかでほんとうに体感として学ばせていただいた。
そしてそれがその後の直感にもつながるようになった。
未然にある程度の現場予測がつくようになり
事前にどのような手当てをしておけば誰もがよりよくなりうるのか
そのような勘どころを与えていただくようになった。
現場のヴィジョンー想像力と創造力ーが必要だ。
「MCはつねに安心させてくれないとだめなんだよね。」
「台本与えてそのまま読んでるMCなんていらないんだよ。
つまりはそこに魂をふきこんでくれるMCでなくちゃ
つとめる資格がないってこと。」などなど
口の悪い直截的でぶっきらぼうな、でも紳士的なプロデューサー
の方々に注入していただいた仕事精神は財だと実感する。
その方々だって口で言うだけではなく、その分、徹底的に
仕事にこだわりをもって最善尽くす方々だからこそ
そのような指導をしてくださった。こころから尊敬している。
昨年の日立製作所入社式の際に、印象的なことがあった。
毎年MCの衣装の色指定をいただく。
司会台の後ろのパテーションの色にあわせて、マッチングする
色を自前のワードローブのなかから用意しなくてはならない。
おかげさまでずいぶん衣装持ちになった。
テレビと舞台とでは映える色味が異なるし
大女優さんとご一緒するときにはMCは控えめに。
MCが紅一点の場合には明るめに。
式典などかための場にはきっちりとしたスーツを。
エンターテインメント性のある場にはすこしやわらかい衣装を。
さまざまである。
自分自身の好みのプライベイトの買い物よりも
仕事に応じ機に応じずいぶんそれにあわせて用意したから
ほんとうの着道楽かもしれない。
そのパテーションが昨年の現場のリハーサルのときに
貼りがよろしくなくホリゾントという舞台上からあおる
ライトがついているうちに熱でしわがではじめてしまった。
ほんの一筋のしわでわずかなものだったのだけれど
リハーサル全体をみまわしていた年配の舞台美術さんが
すっとんできて幾度かそのつくりを眺め回して
若い職人さんを呼びつけた。
「これじゃだめでしょ。もういちど貼り直し。熱にゆがむんだから
前もって計算してぴっと貼らなくちゃね。
いまから急いでお願いできますか?」
とても紳士的におだやかに指導されている。
昔だったら「ばかやろー、なにやってんだ、こんなんじゃ、
つかえねーだろー」という職人親分の叱咤がとんだところである。
そのような舞台現場を幾度もみてきた。
あまりに丁寧に示唆をされ、若い方が何度手をほどこしても
うまく張り切らないので、結局最後はその先輩が
「ここをこうしてね、ほら、こうするんだよね」と
ぱぱぱっと仕上げていらした。
私は実は、リハーサルの始まる前にその若い人がその
貼りを手がけていたときにちょっとしわがよった瞬間を
そばで目撃してしまっていた。
でも、直しをしないでちょちょっと終えてしまったので
大丈夫なのかなと思っていた。
そして恐縮だが
舞台美術のこだわりも若手に代替わりしてしまうと
こんな感じにどんどん薄らいでかわってしまうのかなと
ちょっと心が曇っていた。
そのようなことは掟があってそれぞれのプロの領域なので
口出し無用なのである。
そのむなしさのなかに、リハーサル途中に背後でそのような
やりとりがなされたことには感動した。
きっとMCのお祝いを述べるはずんだ口調にもその感動は
そのまま伝わったかもしれない。
「皆様、本日はご入社、ほんとうにおめでとうございます!」
晴れやかに。
こころからの祝福とともに。
これからの明るい未来を祈念して。

日立製作所のブランドステートメントは Inspire the Next.
次世代への扉を拓く新たな日本の活力が花開く日。
よりよい未来に桜咲く。



