Saturday, December 30, 2006

◯ゆくとし。くるとし。

今年も、はや、大晦を迎える。

毎朝、目が覚めると、本能的・反応的に手をのばし
ベッドサイドのサイドテーブルで
ふわりふわりと白いスモールライトを明滅させて
共にすやすや眠っていたiBookを抱きかかえる。
おはよう!と
ベッドの中でそのままメールチェックする。

この習慣は今年身についた。
この私的Blogは
ほぼ日々おやすみ通信であったことだけれど
今年、仕事の方では
ほぼ毎日仕事通信を欠かさず進めていた。
かなりのボリュームになった。

日々の習慣のなかで
直感的にて真摯であるべきヴィジョンは
眠って目覚めた直後の
純粋時間空間のなかにこそ
反応的に研ぎ澄まされて
「ひらめき」を得られることに気づいた。

日中に他の諸般のさまざまな事情に
まぎれつつながされつつ集中を試行錯誤しつつ
情報編集をこころみてしるすよりも何倍も早く
その内容も客観的に質が高くディレクションできるので
実に効率がよいように実感している。

薄羽さん、ずいぶん遅くまで仕事しているのですねと
よく言われたのだけれど
実は、タイムログが午前3時・4時のときは
前の晩10時・11時頃にすでにパワーダウンしていて一眠り。
そのかわり
2時・3時から起きて仕事をしていたりした。
超あさがた。

時に、徹夜もあったけれど
それでも、午前3時ごろから数時間眠り
明け方、日の出と目覚めて
朝陽が満ちるなかで直感的作業をした方が
実にまとまりが良いように思う。

今年もある企業様にご提案させていただいた
「TSUBO」というプロジェクトネームの
仕事の革新に触れる全国展開に注力した。
プロモータ−(駆動推進者)と名をつけた15名のチームメンバーが
人と人の心をつなぎ
人と組織を心でつなぎ
企業ブランド力向上のための意識と態度と行動が
組織効率向上の変革へと辿っていただけるよう勇躍した。
インフォメーションキャリアー(情報伝達者)として
ヴィジョンファシリテーター(理念支援者)として
日々全国で水平展開活動を重ねてゆくことが叶った。

そのようなわけで
前日終了したプロジェクト内容について
深夜過ぎてから、明け方近づいてから
メンバーからの業務報告がメールで次々送信されてくる。

大きな組織のフロントラインで起きているさまざまな出来事は
実にリアルでバリュアブルだ。
勝負どころは、その情報をいかにリアルタイムで
バリュアブルに活用してゆくことができるか。

クライアントの皆様とチームメンバー全員に
日々全国で展開進行している
多種多様な出来事を一気にその場で情報編集する。

「いま・どこで・なにが・どのように・おこっています・
 なぜ・だから・それで・ゆえに・これから・このように・
 おこしてゆきましょう。」と
チームヴィジョンのためのダイレクト通信でディレクション。
毎朝メーリング配信し続けてきた。

そのようなわけで
秋からの「空白」やまず
2006年の後半は試行と思考を繰り返していた。

いろいろなことがあった。

とてもうれしいことも
とてもつらいことも
とてもかなしいこともあったけれど
情動に動かされないように
真実を見つめてゆこうと努めるなかに
「空白」がうまれていった。

そのようなめまぐるしい多忙ななかに
今年の秋深まる頃
脳科学者の茂木健一郎氏と
情報編集工学者の松岡正剛氏のお二方に
ご対談を願ったのだった。
一泊二日
お二人の先生の貴重な時間を無理矢理頂戴し
紅葉香る那須の二期倶楽部にお招きした。

20世紀思考の奔流がいまもなお濃い
日本の大きな企業組織の根深い問題に
切に、直面することが多かった今年
実に、多難さに溺れそうになっていた。
そのような切実なる状況からも
新たな未知の知の水平をひもといておられる
お二人の先生の破格な対話に学び
ライフセーバーの浮き輪となる21世紀的思考を得て
ブレークスルーの叡智を授かりたかった。

いまも
その対談を敢行したことは
年越しを迎えて
心にかかる宿題のひとつだけれども
その場にあって
突然の嵐のなかの風雨荒ぶ対話のなかに
森の大地に清水こんこんと湧くごとく
天空にかかる無数の星の煌めきのごとく
豊饒なる知恵をいただいた。

日本の思考方法について
「ないところになにかを宿す」という
独自の観相能力について触れていただくことが叶った。
これを「Absent」(欠けている)という言葉でやりとりされた。
「Void」(何もない)という言葉でないところに興味をもって
尋ねさせていただいたら
「そこにないものは動くものだから」という
存在論にかかわる回答だった。

つまりは
「空白」というのは「空っぽ」という無のことではなく
「欠席」というような席を入れ替わり立ち替わりしている
本来はそこをあたためるべきあるはずのものがあって
常にそれが動的に存在し動きまわっているとみるのだと了解した。

「空白」という日本語は一瞥すると
わび・さびのような静かなる無常観に近づく印象もあるけれど
「Absent」という英語に置き換わったときに
実に動的にヴィヴィッドなダイナミズムが立ち上がってゆく。
なにか目に見えない存在が息づいてゆくことがおもしろい。

企業文化に触れると
たいがいが生産性向上のなかにあって
出来高や成長を「数字」という目に見えるもので
了解しようとする。

だけれど
その背後にある「何が存在するのか」という
目に見えないものを観相する力のほうが重要なのであって
そこに
この「Absent」という
「あるべきものがあるはずなのに
 まだあるべきところに座していない」という概念は
とても興味深く適用できるように考える。

「数字」に実証される過去のできごとも認めつつ
「だめ」「よい」の単純な排他にとどまることなく
そこにこれからのよりよい未来をみとめてゆく
潜在力やそれを耕す仮想力への取組みを
「あるかもしれない」と肯定的に努めてゆきたい。

つまりは
「よい」か「だめ」かの二元論ではなくて
「ある」か「ない」かの二元論でもなくて
「あるもの」に向かってゆくべき
「いまはちょうどそこにある」「まだそこにたりない」という
動的なダイナミズムの途中のプロセスを追いかけてゆくべきで
そこに「どちらも大切」という二項同体という
重要な思考のバランスと可能性のひろがりがみえてくる。
「〜だ」と断定しない。
「〜かもしれない」「〜もあるかもしれない」
という仮想の力が動き出す。
そして
それがどのようなことにより発想がうまれているのか
なぜいまそこにあるのかないのかという
着想起源の由こそが要となるのだろう。

あたたまる今年の着想を
あらたまる新年の発想へ。

松岡先生・茂木先生にこころからの感謝とともに
ゆくとし・くるとしの
さまざまなオポチュニティを想う。

来年は
真・善・美について
よりスペースを広げて
豊饒かつ魅惑的にさらに風通しよくみつめてゆきたい。

昨晩は
那須二期対談の際に
ご多忙のなかに駆けつけてきてくださり
実に妙なる場のしつらえを通じて
純粋精神に基づくご支援をいただいた
二期リゾート代表の北山ひとみ様にお招きいただき
2006年納めの語らいで
次年度への展望を交えさせていただいた。

いつもその豊かなご人徳と美しさへの慧眼を思い
北山様との出会いには、こころからの感謝を思う。
北山様に「私のソウルメイト」とご紹介いただいた。
あらたなる年には
ほんとうの未来価値を含む「めにみえないもの」に向かって
ご一緒にひとつひとつのプロジェクトを
大切に展開してゆくことがいよいよ叶いますように
耳目を澄まして精神誠意努めたい。
「ほんものにこそ触れゆく」を叶えたい。

私のもてる最善を尽くしてゆきたいと心あらたにあたためた。

ちょうど
朝いちばんのチェックメールに
高校時代からの親友からのe-カードが届いていて嬉しかった。

「ブランクがありながらの、長いお付き合いですが
 来年は、今までよりも会う機会が増えたらいいな、と思います。
 気持ちを抜ける時間を共有しましょうね。
 来年こそよろしくね!    知恵    」

ほんとうに!こちらこそよろしく!
四半世紀の人生をつかずはなれず魂の交流をめぐらせる友たち。
なんとかけがえのないことだろう。

少し前のメールには
「魂のやすらぐ時間をもとうよね。」と送ってくれたのだった。

ありがとうの気持ちがいっぱいにひろがる2006年ゆくとし。

そこで、私のくるとしの決意表明。
目にみえないものをみえるように視覚化して
実り多きよき2007年を迎えたいと思う。

なにか思考を巡らしているときに
すぐに「くちばし」(口の端)がとんがってしまうためか
親しい友人は、皆、「Duckie」という愛称で呼んでくれる。
今年のゆくとし・くるとしは
そのインスピレーションからレゾリューション。


真実をみつめ




感謝とともに




時に静かにものを思い




共にある魂の友たちと交わり睦み




あかるく




たのしく




豊かに幸多き恵みをわかちあえますように!