Friday, January 05, 2007

◯一期一会。二期倶楽部。

今年のお正月も、例年どおり家族が集い
つつがなく新年の那須・二期倶楽部の滞在が叶った。


昨年はたいへんな大雪だったが
今年はすばらしい快晴。
二期倶楽部が誕生した20年前以来の
実に穏やかな天候だと聞く。
葉隠れに、もう、ふっくらとふきのとうが芽吹いている。

木々に目を凝らせば
林立する冬枯れの木立のなかにも
若葉のちいさな蕾がいのちの営み。
枝先に、もう、たっぷりと春のおとづれをふくんでいる。


真っ青な空を見晴らせば
太陽の光が、さんさんと宙空に注ぎ。

木々の葉が、きらきらと微風に揺れ。

小川の水が、さらさらと野の草の間に往く。

蒼空の月が、こうこうと満ち満ちて輝く。

はかれば満月。

冬の月ながら、まんまるくあたたかく光放つ。
オリオンが、星々を煌めかせて夜空に架かる。
うるわしく澄みきった天空に新年の清々しい想い放つ。


母は誕生日を迎えて祝い菓子の灯にその頬をあかるく照らし
その隣に座る父の幼き頃を思わせる無垢なる笑顔の横顔とともに
両親の来し方を思えば行く末のしあわせの
人のいのちにいのりが浮かぶ。

ただそこにあるだけで
ほんとうにありがたいと思うこころが
あたたまり
あらたまる。

来年も再来年も、集うこと、叶いますように。

二期のスタッフの方々も、また、
家族のように、今年の再会をよろこび
優しく寛容に包み込んでくださった。



皆の笑顔に、新春、福笑い。
春がほころぶ。

Tuesday, January 02, 2007

◯みえないもの。みえるもの。

新年の来客を迎えた。
昨年末にご連絡をいただき、新春早々に訪問してくださった。
12歳年下の女性で12年ぶりの再会。

さまざまお話しているとなつかしいこと・あらたな気づき・
これからの展望など、さまざま実りを得られるのは
その間にたゆたう
それぞれがそれぞれに真に取り組んできたことの
多様で一途なあわいの時間空間があるからだろう。

距離ということも、また、大切な財であることに気づく。
距離があっても、何かが根底でつながっていることを
「縁」というのだろう。

その人は「理想」に向かって進んでゆきたいのだと言う。
だけれども社会のなかには、その「理想」どおりには進まない
さまざまな軋轢があることにも気づいたのだと
まっすぐな目で語りかけられた。
そうして時折、それでも「理想」を見失ったらいけないと
思い返し、ふと思い出すのは、12年前の出会いだったと
訥々と語ってくれるひとときだった。

12年前の私が喚起される。
何を思い、何に向ってゆこうと、何に努めていたのだったか。
何も変わっていないようにも思えるし
何かとても変わってしまったようにも思える。

時をさかのぼっても
取り返しのつかないことがあるようにも思えるけれど
思えば
時をさかのぼってもそれ以上の「いま・ここ」を思えば
その時があったからこそと取りかえしがつくものでもありそうだ。

その「思い」の力が不可能を可能にすることについて
目の前になつかしい人を迎えながらさまざまめぐらす好機を得た。

きっと、その人が「思い」の力に優れた人だったからだろう。
人の「思い」は交流するうちに伝搬して共有される。
共感をともない、感動を呼ぶ。
みえないはずの思いが目にみえるかのように共有できるということは
どのようなことなのか?
その互換できる力とは何なのか?

「知識」の交流は双方に同じ経験知がなくては共有が難しく
「感動」の交流は共鳴すればわかちあえるのはなぜだろう?
根底に共通の人間のメカニズムがあるからだろうか?

12年前の共通の話題と共に
12年間の共有されていないみえない話題を重ね合わせる。

仕事のこと、プライベイトのこと、環境のこと、時代のこと、
さまざま語り合ううちに
研ぎ澄まされた意識に向っての話しになった。
高みを知ると
そこに到達していないものの姿が見えてくるし
その高みを目指したいと願ってしまうものだと
向かい合う懐かしい人は語っていた。
「真実に出会いたい」という
その人の資質が
小さな頃からご両親に育てられるうちに
こころに耕されたものであったことを
12年ぶりにして、はじめて知った。
いままでみえていなかったものがみえてくる。

ふと、この12年間に私のなかで気にかかっていること
まだ、12年前には話しを分かち合っていなかったあることを
思い出して、ある写真をお見せした。

「ね、この写真をご覧になってどう思う?
 その後の12年間にね、頻繁に写し出されるようになった
 ある現象なのだけれど、わーっと嬉しい気持ちや崇高な気持ちが
 あふれているときにね、
 フラッシュの光をあてると浮かぶ存在なの。」



写真をよーく見ているたたずまいがよかった。
そうしてそれから、ご自身が思うことをさまざまに聞かせてくれた。

この写真を通じて、実に興味深いことは
それぞれにこの写真を通じて感じたことを話してくださる
その人たちの反応とコメントの多様さだ。

「わーっ、すごい!」と喜ぶ人、
「えー、へんだよこれ、」と怖がる人、
「へー、なにこれ?」と驚く人、
「どれどれ、どうなっているの?」と熟考する人、
「ああ、これはねえ、」と説明をしてくれる人、
「なんなのこれ?」と説明を求めてくれる人、
「すごーい、きれい!」と感動する人、
「私も、知ってます!」と共有する人、
「これ、みんなにひろげたら、」と指南してくれる人、

それぞれがそれぞれに
この写真を通じて、その人そのものを伝えてくださる。
この現象が真に何を写しているのかは、
ぜひ、その由を知りたいとシンプルに興味惹かれるが
それだけにとどまらず
その写真を通じてさまざまなコミュニケーションが
うまれることにこそ、より大きな興味がある。

みえないものがみえる時
私たちはどのような語らいをはじめるのだろう。

しかも妙なことに、この現象波長は伝播する。
この写真を見て、ある種の感慨をもった人たちは
その後、その人たちも写しだしてゆく。

「私も写りました!」
そのような写真も何枚も見せていただくようになった。

このような写真は、この10数年間で膨大な量に至っている。
わーっと嬉しい感動の状況で意識が高まっているときに
この写像が現象となる。

先月サンフランシスコ出張の際に
ノブヒルのグレースカテドラルの前での一連の写真には
何か時機を知らせるメッセージのごとく写像が重ねられた。




そのうちに、少しづついろいろ調べてみた。
世界中で、そのようなことはやはり出来事としてあって
関心を持つ人たちが
ずいぶんと研究を大真面目に取り組んでいることも知った。
日本よりも海外の方が動きが速い。
また、さまざまにインターネット上でリサーチしてみると
それぞれの人のそれぞれの認識の仕方があることもわかってきた。

さらに、過去からのさまざまな文化やアートを通じても
みえないものをみていたのではないかと思えるばかりの
おなじような形態として描いている
意識的にも無意識的にも
その集合意識の発現をみることもできる。
だいぶサンプルが用意できてきた。

ちょうど、今年の初夏にアメリカでこの現象についての
はじめてのカンファレンスが行われる。
どのような人たちが集まるのか?
楽しみにでかけてゆく予定にしている。

みえないものをどのようにみているのか?
みえないものがみえるようになった時
私たちの意識がどのように変容するのか?

そのようなことを世界の人たちと対話を重ねてゆくことで
どのような未来への青写真が浮かびあがるのか
本年は楽しみなことである。

それは
あたらしくてなつかしい
なつかしくてあたらしい
そのような出会いになるのかもしれない。

Monday, January 01, 2007

◯言祝ぐ。寿ぐ。

新年あけましておめでとうございます。

毎年、その第一声は
大晦日のカウントダウンとともに
その時、隣に居る人と交わしてきた。

今年も東向きの部屋の窓を大きく明けて
冷たい夜気のすがすがしさに深呼吸しながら
その時を待つ。

刻一刻とゆく時を数えながら
この地球上の全世界で
この大晦から朔日へのあらたな年のかわりめが
誰の意識にものぼるということは
とても興味深いことのように思える。

ほんわりと灯明のようにあたたかく深夜の天空を照らす
蝋燭の灯の色をした東京タワーの展望台に
2007の白い電飾がぱちぱちぱち・・と表示されて
どこから聞こえてくるのか
その瞬間におおきな歓声があがる。

そうして
時々刻々と時差を刻みながら地球が回転し
世界中の街で次々に
同じような歓声があがり
シャンパンの泡がグラスに弾け
クラッカーが鳴り
キスが交えられ
その向かいの教会では敬虔な祈りが捧げられ
その外では寒さに凍えながら夢を見る人もいて
その隣のビルでは誰もいないオフィスで
そこだけにデスクの明かりがともされてコンピュータ画面を
追いかける人もいて
大草原のパオのなかでは焚火に暖をとり酒酌み交わす人もいて
天空の降る星を見上げため息をつく人たちもいて
ある劇場では美しいオーケストラの調べに瞳を輝かせ
ある城の中には燭台に灯が点り囁きがあり
ある図書館の棚の下では
静かに一人誰かが本の頁を繰っているかもしれない。

世界が同時並行で動いている。

あの街角でこの街中で
あの暖炉の前でこの食卓で
あの路地でこの平原で
あの湖の湖畔でこの森の洞穴のなかで

人々の頭のなかに新たな年への夢と希望が湧き
人々の心のなかに安らぎと平和が満たされますように。

さまざまな想いが巡る。


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年のはじめのご挨拶を
東京の街の風景をぐるりと見渡して
初日の出と共に実感する。
東京に生きるということ。
世界とつながるということ。
大気と大地にたゆたうということ。
宇宙をみつめるということ。



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今年も真に善く美しく
よき年でありますように
言祝ぎ、寿ぐ。