◯清澄。成長。
伊勢神宮から東京の日常に戻る。
朝からのしっとりとした梅雨の空気感に包まれて
起居する六本木鳥居坂にあっても
まるでいまこここに
伊勢の杜の
豊かにたおやかな時空の中の美しさにたゆたう
幸福の仮想のなかに日々を営む。
過去をよみ解く仮想の力。
未来をひも解く想像の力。
なんと豊潤なる叡智なのだろう。
時空を超えてありたいところに遍在できる。
東京に戻るとさまざま日々の仕事のペースに戻り
多くの方に巡り会い
多くの方の親切心に触れ合い
多くの新たな発見に心揺さぶられる。
その間に間に
このたびの伊勢参拝の一連の記憶を重ね辿る。
複走する時間空間。
心の綾は
そのようにして人生の経緯(たてよこ)を編んでゆく。
伊勢参拝の早朝。
夜明けからの雨脚が強まったのだった。
外の様子が気になって神宮の方をのぞむと
緑の山はすっかり霧に包まれていた。
支度をととのえて傘を抱き宿の外にでると
不思議にも雨あがる。
雨の独特の匂いが地から空に立ちのぼっていく。
おかげ横町を行く。
もう傘はいらない。
いつでも伊勢の町中を行くときには一遍も失望をしたことがない。
今日はどのようなことが待っているかしらとわくわくしながら
しんと鎮まる軒先をただ一人進みゆく。
色とりどりのてるてる坊主に出会う。
曇天のもと気持ち晴れ晴れとにっこりする。
ツバメ達がすーっと私の頭上を一巡りした。
一斉に目の前をよぎる。
やがて朝の鳥たちのさえずりがにぎやかに交えられる。
ふと見ると屋根の上につばめが集って何事かを語り合っている様子。
子供の頃に読んだ鳥の言葉がわかるおじいさんの昔話を思い出した。
羽をたずさえ自由に空飛ぶ鳥の方が人間よりも事情通なので
おじいさんはいつでも鳥たちのチャットによーく耳を澄まして
その時折の鳥たちの物事の正しい判断から予言を得て
いつでも守られて成功してゆきました・めでたしめでたし。
確かそのような出世物語だったと淡い記憶が思い出される。
この時分はツバメの巣が軒先にみごとだ。
小ツバメたちは愛されている。
内宮の入り口の宇治橋手前50mのところで
思わず足がとまった。
目の前の路上を黄金虫が悠々と横断してゆく。
朝からの雨にすべてが浄化されている路上の瑞々しさのなかに
一点煌めくちいさな存在の輝きに引き寄せられた。
そういえばスカラベは
古代エジプトの太陽神の象徴だったと連想する。
再生を司るシンボルでもあった。
宇治橋に進む。
1300年前の天武天皇の発意から
20年に一度づつこの橋の架け替えが
行われてきたとされる。
第62回の式年遷宮は平成25年。
山口県にある神路山から心御柱の御料木を伐採するなどの準備は
既に一昨年から
着々と進行していて昨年と今年は御木曵行事が行われている。
平成21年には宇治橋の架け替えが行われる予定。
悠久の歴史の中に
実に持続可能な仕掛けを投じた倭姫(やまとひめ)が
いかに当時の敏腕プロデューサーであったことかと
久遠に思い馳せる。
大鳥居のもと一礼して歩みはじめると
一天、にわかに宇治橋の先の空の雲間に
白いまあるい太陽が顔をのぞかせる瞬間。
天照大御神のシンボルは天に地に。
豊かに神妙な気持ちになる。
その瞬間に
かつて宇宙物理学者の佐治晴夫先生にご教示いただいたことが
あふれるように思い出された。
「巨大ロケットの打ち上げ。
天空を舞うオーロラ。
太陽と月が重なり合う皆既日食。
この3つに出会ったなら
薄羽さんの人生も
きっとかわってしまうでしょうね。」
おだやかににっこりと微笑んで静かに魔法をかけてくださった。
いつでも先生は「わかる」と「かわる」のだと
諭してくださるのだった。
オーロラの美しさには
20歳代の半ばにアラスカの旅番組の取材で出会っていた。
初めてみるそれは氷点下20℃という深夜の雪原の天空に
赤・紫・緑・青の多様な色彩がひゅるひゅると蛇行を描き
壮大な交響曲が奏でられゆくのだった。
その間にFORGET ME NOTという言葉が
何故かずっと脳裏を往来していたことが思い出される。
忘れな草がアラスカの州花であったことを後に知った。
その後も幾度かの北極圏のオーロラを体感する機会はあったけれど
それらはいつも緑色と白色の静謐なるおおらかなもので
あのアラスカフェアバンクスのオーロラの光彩は未だあの時限り。
巨大ロケットの打ち上げは
フロリダケープカナベラルにあるNASA(アメリカ航空宇宙局)の
ケネディ宇宙センター。
土井さんが搭乗されたSTS-87のISSミッションの時。
宇宙空間に向うスペースシャトルの光の照射を全身全霊に浴びた。
悲しくも今はなきコロンビアの勇姿だった。
1997年11月19日。午後3時少し前。
太陽と同じ熱の光を放って宇宙にローリングしながら向い行く
人智を尽くしたシャトルの莫大なエネルギーに震えた。
かつて高校時代の陸上部で中距離選手だった頃の
400m全力疾走した後のような火照りと脱力を全身で体感した。
皆既日食との出会いは
ベネズエラのパラグアナ半島。1998年2月26日。
砂浜にたたずんでいると時々刻々と頭上の太陽が欠け始める。
周囲の空気がだんだんに重さを増すような皮膚感覚と共に
足下の砂が揺れて感じられる。東西南北の磁力が不明になる。
地面にシャドウバウンドをみとめ空に一番星をみつけた頃
さーっと西から夜が走ってきた。
漆黒の月と太陽の重なりは深い深い闇をもたらし
天空の太陽の姿は消えた。
その瞬間
海上の船からドラやカネを盛大に打ち鳴らす音と共に
人々の驚愕と感嘆があちらこちらから声あがる。
隣にいた人は空に向って吠えていた。
私はただ黙っていた。空を仰ぎ涙が頬を伝っていた。
やがて天の岩戸を天手力雄神が押し開くが如く
ダイヤモンドリングの閃光射しこみ
日輪が凛々と海上の天空に浮かび
昼が戻った。
日常に繋がり深い安堵を思った。
あの内側からあふれるばかりの清澄なるものは
何と言えばよいのだろう。
尽くす言葉が見当たらない。
けれど確実に何かが変容を遂げたのだと思う。
大いなる出会いに恵まれた『清澄なる成長』と
自らは呼びたい。得難いありがたさと感謝と共に。
そのような3つを十数年前に順に全身全霊で体感して以降
確かに私の生き方は大きく変容してしまったのだと思い返す。
伊勢内宮の森に意識は戻る。
敷き詰められた白い小石を踏み鳴らしながら進みゆく。
曇っているのに光あふれているのは何故だろう?
思わずパチリと写真におさめる。
空を仰げば
森が囁く。
静けさに耳を澄ます。
めずらしいことに
皇大神宮の正宮の帳の架かる茅葺き屋根にはしごがかかっていた。
職人さんが端正込めて屋根の草をはらう早朝仕事をされている。
神官さんの詰め所に立寄り
いつものように墨字で記帳を済ませる。
御垣内(みかきうち)参拝。
「はらいたまえ、きよめたまえ、かむながら、
まもりたまい、さきわいたまえ。」とお塩で潔斎していただく。
御神領民によって前回の御遷宮の際に敷き詰められた
美しい白石の上に立つ。
気持ちをととのえて感謝を捧げて
そして
無に還った。
次なる何かを授かるために。
ある日のことが思い返される。
同じようにこの場にあった時
ある神官さんがお声がけくださった。
「こちらの神様は3ちゅういらっしゃいますが、ご存知ですか?」
「天照様と、あと2ちゅう神様がいらっしゃるのですね?」
「はい、1ちゅうは、天の岩戸を開かれた
あめのたじからのおのかみさまです。ご存知ですね。
そして、もう1ちゅうは、美しい機織りの神様でいらっしゃる
よろずはたとよあきつしひめのみこと様ですが
あまり知られていないかもしれません。
実はあなたのお名前と近しいのでお話しました。」
「ありがとうございます。」
御垣内での対話は短くしなくてはと思い
その時は多くを尋ねられなかったが
とてもたたずまいが清々とされた開かれた神官さんだった。
瑞垣のもとに青々と稲の新芽が伸びているのを見つけられて
「おお、これはこれは、稲の芽が」と教えてくださるのだった。
後に文献から調べてみた。
神々はその文献により
いろいろ多様な名前で記されていて謎解きしなくてはならない。
萬幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)。
天地開闢の時の造化の三神
天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の次に
神皇産霊神(かみむすびのかみ)と共に高天原に出現したという
高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の娘にあたる。
兄弟に八意思兼神(やごころおもいかねのかみ)も存在する。
天地生成を司るのが高皇産霊神とされていて
万物生成を司る神皇産霊神とともに
「創造」を神格化した神様。
女神的要素を持つ神皇産霊神と対になって
男女の「むすび」を象徴する神でもあるとされる。
「産霊(むすび)」は生産・生成を意味する言葉となる。
よろずはたとよあきつしひめのみことは
天照大神の御子神・あめのおしほみみのみことと結婚。
そして、誕生したのが、天孫ににぎのみことだと知る。
他に神々の系譜を調べてみると
天羽槌雄神(アメノハヅチオノカミ)と記されている
女性の神様の存在があった。
別称は
倭文神(シズノカミ)・建葉槌命(タケハヅチノミコト)・
天羽雷命(アメノハヅチノミコト)。
系譜は天岩戸の前に集まった神々の一柱神格で
織物の神・機織りの祖神。
名前の「羽」は布帛(フハク=木綿や絹織物)を表していて
古代において美しい織物は神を祀るときの
最高の供物のひとつとされていたのだそう。
神話では天岩戸隠れの際に天照大神様の関心をひいて
外に誘い出すためにいろいろと活躍した神々様が系譜となり
それぞれ知恵・芸能・祝詞・
あるいは鍛冶や金工・玉造り・鏡作りなど
諸業の祖神とされるようになったとされている。
天羽槌雄神もこの時に木綿と麻の布を生み出したとされる。
東京では東京タワーの中核に天照大神が祀られ
飯倉があり麻布につながることに思い至る。
天太玉神(アメノフトダマノカミ)が
天香久山の榊の大枝を切り出して太玉串とし
これを各職能神たちがそれぞれの技能を持ち寄って飾り付け
この時天羽槌雄神が織り出したのは
倭文(シズ)の綾織りというものだったという。
倭文とは古代の織物の一種の倭文織りのこと。
楮(コウゾ)や麻などを材料として布を織るときに
横糸を赤や青い色に染めて乱れ織りにしたものだそうで
そういう貴重な織物を生み出す機織りの作業を司る神様。
倭文織りの産地を示すものとして「続日本紀」に
「諸国の神への供え物のうち
倭文は常陸国(茨城県)から奉献される」と記されている。
当時の常陸国あたりが
倭文織物の特産地として有名だったのだと知る。
確かに私の父は常陸の出身。
何かの由縁を時空を超えていまに持つのだろうと想像は羽ばたく。
このたびの参拝では
その聖域から御垣の結界までを戻ろうとする途中に
ぴょんと20cmぐらいのがま蛙が目の前をよぎって
その姿をじっと見せていた。
記憶と心に刻まれる。
蛙はかえる。
再生と道開きを意味することをかつて教えられたことを思い出す。
六本木鳥居坂の氏神様は
蛙を祀る麻布十番稲荷であることも連想する。
神々と連想遊ばす妙なるひととき。
頭を垂れてご正宮の鳥居をくぐりぬけると
天に光があふれた。
その後に荒祭宮へと進む途中の米倉も光放つ。
大々神楽奉納は一人きりだった。
ちょうど東京に居る仲間からも
時間を合わせて思いを馳せてもらっていたのだから
一人ぼっちという気持ちはしなかった。
次々に多くの人のお顔を思い浮かべて
よきこと来るべき未来を願った。
榊に振り降りる神様の気配を清澄に感得。
生きてここにあるということの精神の成長を覚得。
大陸文化を大和文化に昇華した文武舞楽の悠久の歴史を会得。
やがて内宮神域を出て
いつものように太閤出世餅やさんに立ち寄って仲間にお土産。
この時機ならではの七夕の願いも短冊にしるして笹に架ける。
「こちらの店ではね、お伊勢様にきちんとお焚きあげして
いただいているので、神恩霊験あらたかですよ。」と
数年前に女ご主人が教えてくださった。
笹にはさまざまな願いや希望が寄せられている。
数年前に「好きな人に好かれますように。」と記された短冊に
なるほどと心惹かれたことを思い出した。
今年の願いは
「愛する人に愛されて、皆様の希いが叶いますように。」と記す。
今年の七夕も彦星と織姫が天空で天の川を繋ぎ会えますように。
人生の豊かなる美しい織物をつつがなく機織りできますように。


