◯出版。出奔。
しばらくの間、来年の仕事都合のために欧米に出張に出ている。
毎年第四木曜日は、アメリカではThanksgiving Day。
日本の暦では、もうすぐ小雪を迎えるが、
今日のNYCはどこまでも明るい青空がひろがり
おだやかな春のようなあたたかさにつつまれている。
Top of the RockからのぞむCentral Park は紅葉の彩りが美しい。
街の間に間にMacy's Paradeの風船人形が
ぷっかりと浮かぶ賑わいとともに
誰もが“ Have a nice holiday ! ”と笑みを交わす。
旅をしていると
いつでも直覚的に心揺さぶられる気づきを得るものだけれど
今回の欧米を巡っていて思うこと。
人々の労働に対する敬愛。
人生の喜びに対する感謝。
社会の共感に対する寛容。
ヨーロッパでのそれは職業に貴賤なしで
どのような仕事に対しても個々の職人的取組みの誇りと
相互協調についての志向を思わされる。
批評性をもって
どのような仕事に就いていたとしても
その個々がプロフェッショナルとしての取組みを自負し
また、その個々を互いに理解しあい尊重をもって傾聴するという
老若男女の暗黙知を感じさせられる。
ポイントは、その人がどのような人物であるかということの本質を
理解しようとする能動的関心を前提としているような人智の気配。
アメリカでのそれは、西海岸でも東海岸でもそうなのだけれど、
このところ各都市訪れる毎に感じ入ることは
絶対的に“ Quality of Life ”に対する繊細さを増してみえること。
それは、目にするもの、手にするもの、
触れるもののあらゆる細部に
“知覚品質”が高まっているように見受けられる。
例えば、ホテルのベッドが“ Heavenly Bed ”を約束していたり
どこのホテルでも
かつては、髪の毛が洗えばきしむようなシャンプーで
コンディショナーリンスの存在は皆無だったのだけれど
今や“ Heavenly Spa ”であるとか
“ Bliss ”と名付けられた香り高く
テクスチャの繊細優美なプロダクトづかいへと進化している。
ダウンタウンの百貨店でも
郊外型のTargetのようなスーパーマーケットでも
クリスマス先駆けのあふれる商品棚の品揃えを
ひとつひとつ注意深く見つめてゆくと
人が何に幸福を覚えるのかということから産出された
プロダクトの作り手の志向の足跡を感じさせられるものだ。
物質社会が大量生産・大量消費を経て
その先に選択し成長してゆく
心優しい確かな品質向上の足取りを思わされる。
スターバックスの壁面で興味深いコピーに接した。
“ Behind every good cup of coffee
there is a barista and a good story.”
どのような存在にも、その背景には物語が存在する。
そうした物質社会の認知進化は
人間社会の進化ももたらすように見受ける。
とりわけNYCでの“Diversity ”(多様性)。
西海岸でも東海岸でも、それぞれの都市において
私はアジア人であるから
思えば、外側からの目で見れば
明らかに髪の毛が黒く黄色い肌で、異分子的存在なのだけれど
目が合う毎に笑顔で“ Hi! ”とコミュニケートすることで
親しく誰もが関心をもって話しかけてくることに驚く。
それもたわいもないこと。
今日の天気であったり、どこから来たの?
いつ来たの?こちらは居心地はいい?というようなこと。
はっと気づいた。
彼らは、その問いかけの反応を通じて
こちらの背景をそっと掬おうとしてくれるような
優しいコミュニケーションをクリエイトしてくれている。
その寛容なオープンマインドがそこに存在している。
日本人ね?と訊かれることは多く
そのとおりと応えれば
日本はすごいよね、
すしにアニメにコンピューターゲームに・・・と
脈絡のないような印象ながら
時代のグローバルシンボルを次々に挙げて
日本を誉めてくれる。
20年前は、そのようなことは明らかに希薄だった。
この何かが近しくつながるあたたかさの実感は何なのだろう?
昔以上に、寛容なる関心を増しているように感じてならない。
ITを通じてのグローバルインフォメーションの恩恵かしら。
確かに英語圏の人たちの情報源は
インターネットを通じて
明らかに日本語圏の私たちの何十倍もの情報を得ているはず。
残念ながら
英語デバイドであることによる情報格差の損失は
膨大になりつつあるのが現代の現状なのだから、口惜しい。
その点でいえば
やはり、ジャパンパッシングも明らかな昨今
インドの人たちがネイティブイングリッシュを駆使し
IT先進国民であることが
日本を超えた次世代の知性を担うかもしれないと
リアリティをもって迫ってくる。
そのような切実感にあって、日本文化への関心を多くの欧米の
草の根接点で寄せられる寛容性には
これから私たちがどのように進んでゆけばよいのかということを
示唆されているようで感慨深い。
Big Appleは、その名のとおり、多様な人種のるつぼ。
今日も、NBC TVの画面に次々にあらわれる感謝祭パレードの
山車や風船人形にも
実は、そのような多様な人種同志が
あるべき倫理的コミュニケートを重視して
教育的背景をもってエンターテインメントにしていることに気づく。
それは、思えば9.11以降
一層、その思潮は強調されつつあることのように思える。
特に、次世代を担う子供たちにどのようなメッセージが必要かと
社会一体となって思考を重ねている善良な配慮を思わされる。
21世紀。
人種を超えた
明らかな人間と人間の協調関係を図る風潮は強まっている。
日本のメディアには
そのような多様性に関わる世界観や倫理観が乏しく感じる。
なぜだろう?
異分子を排除して共に手をつなぐ
単一文化や単一評価をよしとするからか?
同分子のみで囲う居心地のよい安心感を担保にするからか?
最近のはしたないお話。
ある最大手広告代理店の日本人担当者が
売春宿に米国人担当者を連れ出し
そのようなことをのぞまない担当者に同行を強要して
さもないとアカウントを取り消すと迫って
名誉毀損で告訴されているという。
そのような女性をお金で買うというような
日本文化の恥部の露呈を
全世界中にあらためて認知させてしまう大失態となっている。
異文化への関心や理解に乏しかったことの無知性の悲哀。
ほんとうの日本の品格という要諦は
他者の文化を真に理解し
自らの真価を知ることから
豊かな対話力を錬成しなくては
その実は果たせないのだと実感する。
時代の変遷。
世界の豊饒。
人智の進化。
対話の深化。
人生の真価。
そのようなことごとに気づく精神の旅は続く。
そういえば、このところの数ヶ月のトピックのご報告。
9月の末。
インデックスコミュニケーションズ社より
拙著を出版していただいた。
敢行してくださったのは、酒井圭子部長。
昨年の同時期に、はじめておめにかかった。
同社発行の雑誌『Wa ・Sa・Bi』に
“ 大人のコミュニケーションマナー”という企画連載を
1年半程担当させていただき
なかはらひでこ編集長にご紹介いただいたのがきっかけだった。
いまでも最初にお話を交えた
酒井部長との初対面のときのことは忘れられない。
当時取組んでいた仕事のさまざまについて
さっそくにディープインタビューを受けた。
「薄羽さん、どうしてそのような仕事に恵まれたのですか?」
「そこで、薄羽さんがほんとうに取組みたかったことは
何だったのですか?」
「その結果を、薄羽さんは、どのように認めているのですか?」
鋭い切り口で、次々に本質的な質問を受けつつ
反射的に心や頭のなかの膨大な記憶を引き出された。
とりわけ
「ところで、薄羽さんがしている仕事は
どのような名称で呼ばれるものなのですか?」
この質問には、たいへん困った。
ひと言でなかなか言葉にならなかった。
「1994年に米国のカンファレンスに出かけた時に
“コンサルティングトレーナー ”を目指せと
ケン・ブランチャードという博士のメッセージを
受け取ったことがあります。
しいて言えば、それを目指してきた
これまでの10数年だったでしょうか・・」
と、これまでの信条をお答えした。
酒井部長は手元で事細かに手帳にメモをされていた。
そして
「ぜひ、本にしましょう、ね。」とにっこり笑ってくださった。
けれど、それからが長い道程。
「まずは、本著が第一冊目となるわけですね。
そこで、薄羽さんが取組んできたこれまでの仕事のすべてについて
ファクト(事実)をすべて書き出してください。」と言われた。
厚さにして5cmぐらいは半年かけて書き記し
繰り返しのインタビューを受けた。
コンサルティングの守秘義務もあるので
お話できることの範囲は実に限られる。
結果として
数百万円のプロダクトの顧客接点を創出する
海外のラグジュアリーブランドから
一品数円の日本の和菓子ブランドの顧客接点への
取組みの一連がピックアップされた。
その編集力の鋭さには感服した。
誰もが知っている憧れのラグジュアリーブランド教育も
毎日のお茶請けのおかきを販売するブランド教育も
その作り手の精神や
その価値を顧客接点で伝える販売スタッフに求められる力は
なんら変わりなく共通項を抱いている。
そのような普遍性を通底させながら
書店さんに並ぶ時には、誰にもその内容がわかりやすようにと
タイトルは出版社ご意向で名付けてくださった。
『「販売の現場力」強化プロジェクト
–収益を倍増するブランド教育のすすめ』。
実は、生意気にも本音を言うと
そのようなビジネス本のタイトルによって
マニュアル的印象を抱かれるのではないかと懸念した。
これまでの仕事は「販売」という行為をあえて
「文化創造」や「関係創出」という言葉に置き換えて
情報価値の再編集により再創造に取組んできたことが
私たちの仕事の本意だったからこそのこと。
酒井部長とずいぶん、お話を交えた。
結果
「とにかく一人でも多くの方々に
書店さんの店頭で手にしていただくこと。
このことこそが重要なのです。
手にしていただいた読者は、
必ず読み取る力を持っていますよ。」
おっしゃるとおりだった。
このところ、いろいろ懐かしい方々からメールをいただく。
「書店で見かけて手にしました。読み進めるうちに
なつかしくなってメールしました。」というご連絡をいただき
とても嬉しい。
日本経済新聞や日経流通新聞にも
恐縮ながら写真入りで取り上げていただいたこともあり
見ましたよとおっしゃってくださる方が多く感謝に堪えない。
来年2/1には
六本木アカデミーヒルズのライブラリートークでも
取り上げてくださることになった。
さまざまな方々との対話を通じて最善を尽くしたいと思う。
ブックデザインは、マルプデザインの清水良洋さん。
なんとゲラの時点から原稿を丹念に読み込んでくださり
MC PlanningのHPを通読してくださって
イメージをカタチにしてくださった。

オビの写真撮影にも立ち会ってくださって
オレンジ色のきわめて目立つ書籍の顔つきを創り出してくださった。
内容的には
まだまだ記したいことの入り口にとどまっているにすぎない。
でも、本はてくてく一人歩きをしていく。
今もどなたかがどちらかで手にしてくださっているのかもしれない
そう思うと
このような機会にあずかった幸運に心から感謝しつつ
一層のこれからの精進と鍛錬を思う次第。
しっかり心いたします。
この出版に際し、弊社のLISAが
「ぜひともお披露目会をしましょう。
お料理は全部私が引き受けた!」と果敢にもプランしてくれて
仕事仲間が集まってくれて
日頃お世話になっているクライアントの方々をお招きして
『観月会』を催行。
近くの銀座では大雨模様のなかにも
不思議にMAJESTYの屋上は雨降らず
天空にまんまる満月輝き
LISAは100人分ぐらいのお料理を
なんと一人で二日間まるまるかけて万端準備。
まんまるローストターキーから
オリジナルレシピまで美味しく美味しく
腕によりをかけて豪華絢爛、ご馳走さま。
迎賓も皆様
東京タワーの全景のしゃりんとした輝きを愛でてくださり
東京にこんなスポットがあるなんて驚き!と喜んでくださる。
明け方まで、屋上のパーティは続き
午前3時すぎには東の空、東京タワーの脇に金星が昇りはじめ
東南東にはシリウスが白光を放ち
その間の天空にはオリオンが架かって美しく
感慨と共に迎えた夜明け。
みなさま、ありがとうございました。
生涯忘れられない一夜となりました。
仲間からのさまざまなお花は、しばらくの間
オフィスを華やかに香らせてくれました。
心より深謝・感謝。


その後の10月には
竹中コーポレーションのギャラリーAクワッドの企画展
『100人の浅草モダン展』で、なんとギャラリー賞をいただく。
ちょうど今年の隅田川花火開催の盛夏猛暑の日
浅草の金を主軸に据えてゴールドモダンを求めて
使い捨てポケットカメラで写真を撮る企画に参加させていただいた。
日頃、デジカメに慣れきって写真を撮っていることで
あらためて
その場で画像をすぐに確かめられない不自由さに驚きを思いつつ
一枚一枚に思いを託す。
一枚のガラス板の「時代」という文字をはさんで
お店のなかの人力車とお店前の現代のバスの融合に
時代を写し取りたかった一枚の写真を
川北館長とキュレーターの岡部三知代さんが
偶然にも見いだしてくださった。
殊の外、感激。
時代のなかにあって
時代をみつめて
時代とともに
時代をあじわい
時代をいきたい。
例年この頃、北極に足を運んでいたLISAと来年に向けて語りあう。
私たちはどこからきてどこにいこうとしているのだろう。
いよいよ
LISA VOGTの『シロクマ写真集』制作に注力をしてゆきたいと考える
もうすぐ白い冬の季節も間近。
間もなく空から舞う雪は、天から送られた手紙。
ひとひらひとひらがどれもひとつとしておなじものはない多様性。
美しい自然の妙をそのように伝えのこしたのは中谷宇吉郎だった。
NYC サックスフィフスアヴェニューには今年も早や雪の結晶。
道行くどの人にもその美しさを等しく分かち合っている。